2015年09月07日

ニッキー@弥生美術館、今週土曜です!

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ニッキーさんのライブ@弥生美術館、いよいよ今週土曜です。
ライブに先がけて、ニッキーさんから以下のメッセージが届きました♪

「今回の弥生美術館でのライブ、ベースには今までずっと一緒に演りたいなぁ〜と
思ってたサリー久保田(元ファントムギフト)さん、ギターは私のアコースティックの
パートナーのCROSS(the LEATHERS/風ニ吹カレテ)、この3人での初めての演奏です!
森本さんも、きっと喜んでくれているのではないかと思います。
何を演るかはまだヒミツですが、私のソロCDの中の曲や、森本さんがよく描いていた
フランスの女優の曲など、私流なフレンチな歌を唄う予定です♬
美術館でのライブは初めて!
入館料を窓口で払って森本さんの作品を観た後に、そのまま美術館の2階でのライブを
ご覧頂けます。お得でしょ!?
森本さんの素敵な作品に囲まれて演奏する私達を是非観に来て下さいね!」

超レアなゲリラライブ、スタートは午後5時です。
どうぞお見逃しなく!

そしてお知らせがもうふたつ。
*現在発売中の「芸術新潮9月号」で、福田里香さんが森本作品の解説をして
 くださっています。同年代ならではの視点でズバスバと本質に切り込む内容に
 「うわ〜、なんてよくわかってるんだ!」と大感動。
 これは必見です!

*明日(8日)発売の「週刊朝日」でも、森本さんの特集が!
 こちらは友人であるサエキけんぞうさんが取材を受けてくださいました。
 サエキさんの森本論というのがまた、ちょっと切り口が変わっていて
 「ならでは」の味があります。読んでくださいね〜。
posted by チロリン at 18:30| 弥生美術館・森本美由紀展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月28日

ゲリラライブ、やります♪

昨日、森本さんのクロッキー・モデル、レイカちゃんを迎えて開催された
「午後3時のゲリラトーク」。
E.T.BABYの制作秘話やルネドール・アソシエイツの活動、そして個人的な
お付き合いから垣間見えた森本さんの魅力などを、たくさんの秘蔵写真と
ともに紹介してくださいました。
単にモデルとしてだけではなく、年下の友人として深い交流があった
レイカちゃんならではの思い出話に、思わずホロリとする場面も…。

弥生美術館では、明日の「森本美由紀ナイト第一夜」そして5日の「第二夜」と
まだまだイベントが続きますが、残念ながらこちらは両日とも、あっという間に
定員に達してしまいました。

でもでも、抽選に漏れてガッカりしている方に朗報です。
9月12日、17時から、ニッキーさんによる「午後5時のゲリラ・ライヴ」が
開催されます!
なんと無料です!(あ、入館料は必要ですw)
しかもベースは、森本さんも大好きだったザ・ファントムギフトの元ベーシスト、
サリー久保田が担当します!

曲目は……、ゲリラなので秘密。当日のお楽しみ♪

というわけで、みなさんぜひ来てくださいね〜。

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posted by チロリン at 15:20| 弥生美術館・森本美由紀展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月17日

穂積和夫先生・講演まとめ

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先日、弥生美術館で行われた穂積和夫先生の講演内容をまとめました。
大変貴重なお話ですので、かなり長いのですが、ご一読いただけると嬉しいです。

『穂積和夫先生・講演まとめ』

【セツ・モードセミナー開校の頃】

 森本君は、「遅く出てきた人だな」と思います。遅く出てきたのが良い悪い
というのではなく、僕より26年遅く出てきた。これが、彼女の非常に面白い
ところなんです。

 僕はセツ・モードセミナーの第一回の卒業生なんだけど、その頃のファッシ
ョン・イラストレーションの状況を簡単に申し上げますと、当時は戦後で着る
ものがなく、お姉さんやお母さんが焼け残ったミシンで家族のものを縫ったり、
戦前に洋裁を習った人はご近所から頼まれて洋服を縫ってあげたり、あるいは
洋裁学校というのがいっぱい出てきた頃なんですね。
 洋裁学校で教えるカリキュラムには、裁ったり縫ったりということの他に、
必須科目にスタイル画がありました。今でいうファッション・イラストレーシ
ョンを、その頃はスタイル画と言っていたんです。洋服を作る前に、洋服が完
成した絵を描けなければいけない。それもできるだけかっこよく、できれば美
人に描きたいという、そういうジャンルがありまして、僕なんかは洋裁とは全
然関係ない、ただの普通の男の子だったのに、「こういう絵ってかっこいいな。
自分で美しい人を創造するというのができたら楽しいだろうな」と思っていま
した。

 その頃には中原淳一さんとか、そういう方の名前はもちろん知っていました
が、まだ大学生だった頃に一度、非常にショッキングな絵を観まして、「これ
はどういう人だろう」と思ったら「長沢 節」と書いてある。それから大学を
卒業し、就職して1年目ぐらいに「長沢節 スタイル画教室」の生徒募集ポス
ターを見まして、それで入学しました。これが1954年です。

 教室に入った第一日目は「どんなことを教えるのかなぁ」と思って、長い物
差しだとか三角定規だとかコンパスとか、いろんな製図道具みたいなものを持
っていったんだけど、「4Bの鉛筆一本持って、ダーッと描くんだ」って言わ
れて「ハア〜」と思って。最初の頃はそれしかやりませんでした。 
 そのあと学校がちょっと大きくなって僕なんかが先生にさせられると、「今
日は靴を描こう」とかなんとか、適当なタイトルをつけて講義をしましたが。
森本君に「僕の講義、出たことあるの?」って聞いたら「あります。靴か何かを
描かされました」って(笑)。

【突然変異的に登場した森本美由紀】

 まあそんなわけで、僕は長沢節門下の第一回生ということでありまして、20
人くらい入学したのかな。生徒はほとんどが女性でした。
 当時のファッション画家というと中原淳一、長沢節、それから大内順子さん
のご主人で宮内裕先生、原雅夫先生(コシノ・ジュンコさんらの師匠)、あと
はドレスメーカー系で柳原操さんとか、うまい方はおられたのですが、多くて
も10人足らずの人しかいなかったんです。で、僕なんかがその第二世代にあた
ります。

 あの頃、『装苑』などのファッション雑誌では、毎号巻頭に2色オフセット
で長沢節とか、うまい人を出していて、同級生はみんなそういうところに描き
たいと思っているわけです。で、「ライバルが多すぎて、これじゃあちょっと
大変だな。なんか特色出そうか、女の人には描けないようなもの…。そうだ、
男を描こうか」というんで、僕は婦人画報社の『メンズクラブ』っていう本
に描き出しました。そうしたら、それまではけっこう描いていたのに婦人モ
ノの仕事はひとつも来なくなっちゃって(笑)、男モノばかり描くようにな
りました。

 そんなふうに、当初はみんなが婦人雑誌の口絵を描きたいと思っていたん
だけど、そのうちに、だんだんそういう目標がなくなっちゃった。なぜかと
いうと雑誌が売れたものだから、日本じゃなくていきなりパリのファニー・
ダルナなんかに頼んじゃうんだ。「本場のパリに注文するようになったんじゃ、
もう出る幕ねえなぁ」と、なんとなく意気消沈してしまったんですね。なので、
日本からその後を継ぐファッション・イラストレーションのうまい人は、ずっ
と出なかったんです。
 わずかに雑誌の中でファッション・イラストレーションが残っていたのは
『男子専科』とか『メンズクラブ』といった男モノの雑誌。それはなぜか。
僕がいたから(笑)。でも、これも何年かして、僕も描かなくなっちゃいま
した。そのあと突然変異的に、森本美由紀が出てきたんです。

 僕はメンズファッション専門で、彼女は女性モノばかり描いていたので、
あまり接点はなかったと思います。しかし、うまいので、僕はびっくりして
いた。なぜかというと、僕たちがセツに入った頃に「こういう絵を描きたい
な」と思っていたのをそのまま再現してきた。日本のファッション・イラス
トレーションの第二世代がろくに育たなかったところに、なぜか森本君は挑
戦した。これはすごいことです。

【シックと可愛さの融合】

 森本君はドイツだとかフランスだとか、いろんな国の雑誌から執筆依頼を受
けていたわけですが、それというのも今は世界的に、正統派のファッション・
イラストレーションを描ける人はもう、いないんじゃないかなと思うんです。
 例えば僕は自動車の絵を描くんですけど、アメリカのモーター雑誌を見ても、
昔みたいに「うまい!」という自動車の絵を描く人はいなくなっちゃった。そ
れと同じように、ファッション画を描かせて「うまい!」という人もいなくな
ったんじゃないかと。

 この展覧会の内覧会に山田五郎君が来ていて、彼は講談社の編集者出身で、
その時から森本君と交流があったようですが、非常にいい話をしていた。つま
り『ヴォーグ』や『バザー』なんかの、いわゆるパリ風のシックで粋でエレガ
ントな、そういう雰囲気の絵の中に、日本独特の、今流行りの可愛さみたいな
ものを持ち込んだのが森本君の特徴だと言っていて、「なるほど、うまいこと
を言うなぁ」と。
 それはそのとおりで、今や日本人独特の可愛さみたいなものは、外国に輸出
されていく時代なんですね。森本君は既にファッション・イラストレーション
が世界的に死滅しかけていたときに出てきたから、これには向こうの人もビッ
クリしたと思うんです。日本の読者もその部分に、逆に新鮮味を感じたんだと
思います。ファンが非常に多いのは、そういうことだと思うんですよ。

【森本作品の魅力】

 森本君の絵のうまさというのは、僕はまず枚数にあると思っています。とも
かくこれだけ描けるのは、ものすごい数を描いたと思います。この手の絵って
いうのは、もう枚数で実力をつけていく以外に手がないんですね。何千枚と描
かないと、ものにならない。「あのタッチで描いてよ」と言われて、ちょこち
ょこっと描けるようなものではありません。
 僕もそれは身に染みてるんで、「我ながらよく描いたな」と思うくらい描き
ましたが、彼女はそれ以上、僕の倍ぐらい描いてるんじゃないかなぁ。デッサ
ンなり、枚数を。

 途中から実際のモデルを使って描くということもやっていたようですけれど
も、セツの勉強っていうのはそれが主体だったんです。生身の人間を観て描く
っていうのは人物画の基本です。これをやらないで写真を見て描くとか、そん
なことばっかりやってる人の絵は、大体観ればわかるんです。「あ、これは生
身のモデルを観て描いたことのないヤツだな」ってのはすぐわかる。僕なんか
もときどき、いわゆるクロッキーで、実際のモデルを見ながら10分くらいで描
いてしまうというのを、未だにやっております。
 彼女もそうだと思いますが、絵を描く上の方法論は、自分で開発するもので
す。どんな絵の具を使ったらいいかとか、ここはどういうペンを使ったらいい
かとか、そういうことは自分でいろいろ工夫するけれど、それよりもまず基本
の「き」は、生身の人間を観て描くということ。それをセツ先生から教わりま
した。森本君の絵を見ると「あ、やっぱり実践している人がいるなぁ」と、当
時のことを思い出します。

 日本風の白い紙に毛筆と墨汁でザッと描く、このスピーディなイラストレー
ションというのは彼女独特の味であり、グリュオーとか長沢節とかファニー・
ダルナとか、いろんな人の影響を受けながら、それを自分のものにしている。
 実は、これはもう離れ業なんですよ。僕も若い頃は筆を使って墨汁の瓶と画
板を片手に持って、墨汁をつけながらぶっつけ本番で、5分か10分で描くとい
うのをやったこともあるんだけど、今はもう心もとなくて、やっぱり鉛筆と
消しゴムでゴシゴシ消したりなんかしながらじゃないと描けなくなってきてる。
もちろん森本君も薄い紙で下絵を写したりとか、いろんな方法をとってるとは
思いますけれども、それでも至難の業なんです。
 こういうことはフランス人でもなかなかできない。東洋人の、水墨とかそう
いうものをある程度身近に経験してる人じゃないと、わからないんじゃないか
なという気もするんです。

 森本君は僕より26年くらい遅く、セツに入ってきたんだけど、その頃にはさ
っきも言ったようにファッション・イラストレーションが日本の雑誌から衰退
していったものだから、あれを目指そうという人はいなくなっていた。そのか
わり、長沢節っていう人はもともと水彩画ですから、風景画とかね、静物画と
か、そういう水彩画の大きいやつを自由に描かせるところにひとつの特徴があ
ったので、セツには水彩画のうまい人が非常に多いんです。その時代になって
から、こういう正統派のファッション・イラストレーションを志した人ってい
うのは数少ないし、やっぱり目覚ましいひとりだと思う。もっと先輩にもうま
い人は何人かいますけど、彼女はピカイチだと思います。

【「器用」とは何か】

 もうひとつ驚いたのは、僕はメンズファッション専門だったんだけど、森本
君は男を描いてるのがうまいんですよねえ。男だけを描いたというよりも、女
性とふたりで恋人同士みたいな組み合わせで描いてるその男が、これがもうグ
リュオー並みにうまいんですね。「へえ〜、うめぇなぁ! 僕とは違うけど、
ちゃんと男になってるなぁ」と感心しました。こないだの内覧会のときに僕は
それを見てビックリしたんですけども、改めて「ああ、この人は何を描かせて
もうまかったんだなぁ」という気がしています。

 それから、これも内覧会で観て初めて知ったんだけれど、フランスのいわゆ
る劇画、アメコミともちょっと違う、フランス風のエスプリがあるんだけれど、
彼女はちゃんとそれにも目をつけていて、ジェーン・フォンダが主演して映画
にもなった「バーバレラ」を彷彿とさせるような劇画調にも挑戦している。
 僕はアメコミはわりかし好きなもんですから、例えばアメリカのリキテンシ
ュタインなんかは面白いなと共感するものがあるんです。ああいう劇画調のも
のは各国々にそれぞれあります。中国にもあります。いろんなものがあるんだ
けど、彼女はそういうものにも挑戦していてすごいなと思いましたね。

 森本君の作品にはいろんな絵柄があるけれど、彼女は器用だから、今までや
っていたものもやれば、新しい試みもやってみようということで、毛筆を使う
ようになってからも、ペン画はもうやりたくないとは言わなかったと思います
けど、どうなんでしょう。そこらへんはよくわからないんだけど、どの作品も
きちっと絵がハマってますよね、形になっている。うまいです。

 僕なんかも若い頃は器用だ器用だと言われたんですが、絵描きにとって器用
っていうのは必ずしも褒め言葉ではありません。「物事の薄っぺらな表面だけ
を触ってて、本質まで深くは掘り下げていない」みたいな意味合いを、必ず含
んでるんですね。ただ僕は、「ちくしょう、器用だって言われるんだったら、
それじゃもう大器用になってやろう」と思って、それからはもう車でも建物で
も人間でも、ありとあらゆるいろんなものを描いてきたんですけども、今この
年齢になってみると、「自分で考えてたほど器用には、とうとうなれなかった
なぁ」という気がします。

 その伝で行くと、僕と森本君の共通しているところは、そういう意味での、
器用になんでも描いてやろうっていう、ある種の気迫みたいなものが感じられ
て、「ああ、僕と似てるとこがあるとしたら、そういうとこかなぁ。でも僕よ
りうまいんだよなぁこれが(笑)」という嬉しさのような思いがあります。
 森本君も、いわゆる器用だというのはそういうことで、決して表面づらだけ
じゃなくて、本質に深く突っ込みながら、いろんなことをテクニックとしてで
きる、テクニシャンだったというところがありますね。絵をよく知っていると
思います。

【ファッション画の次に目指したものは…】

 ファッション画というものが、はたして今後、21世紀にどうなっていくのか、
存在するのか、まったくなくなってしまうのか、あるいはコンピューターグラ
フィックスみたいなもので、つまらない線画みたいな形で残っているのか、そ
れはわかりませんけれども、手で描くハンドメイドのイラストレーターとして
の、この筆づかいのこういう味っていうのは、やはり20世紀のものだったのか
なぁという気もしてなりません。

 そして最後にもうひとつ言いたかったのは、この次、彼女は何をやりたかっ
たんだろうということです。今見ると、大体白い背景の中に墨で、あるいは色
も使って絵を描いている。バックなどありません。これは彫刻とおんなじで、
四角い枠はありますけれど、それは画面ではなく、人間がポンと特出している。
彫刻と非常に似ている、そういうデッサンなんです。

 僕は50歳を過ぎてからもう一歩進んで、全体をべっとりと色で塗って画面を
構成していく、そういうものを指向して描いた記憶があるので、あるいはもし
かすると彼女ならそんなこともやってたんじゃないかなぁという気もするし、
もしそういう気があったんだとしたら、それも観たかったなと思うんです。
 それは水彩でも油でもアクリルでも何でもいいんですけれど、単にひとつの
点にとどまらず、いろんなバリエーションを作っていけた人だろうと。僕はむ
しろそれからだったと思う。どんな絵を描いたんだろう、生きていたら…、と
いう思いがしますね。

(学芸員の方から「森本先生は風景画にチャレンジしたいというようなことを
おっしゃっていた」とフォローがあり)
ああ…、それは観たいねえ、やっぱり観たかったなぁ。うん、その気持ちはも
のすごくわかる! 
 森本君が風景をやりたいと思ったのは、さっき言ったように、白い紙に黒一
色で描くという水墨的な境地から、もうひとつトンと突っ込んだ絵を描きたい
と思い、フルカラーで隅々までバッチリ構図を決めた、そういうところを狙っ
ていたのかもしれないですね。そんなのを彼女がもし狙っていたとすれば、ぜ
ひ観たかったなぁという気がします。

 森本君は遅く出てきて、逝くのが早すぎた。僕ぐらい生きていたら、もっと
面白かったんじゃないかと思いますし、「これから」っていう期待するところ
がいろいろあったんです。けれどもそういう話をしないうちに、彼女は亡くなっ
てしまった。ちょっとあまりにも早く逝きすぎちゃったのが非常に残念で、天の
配剤というのは一体どうなっているんだろうな、と思います。
                             (構成/井出千昌)


*プロフィール
穂積和夫
1930年生まれ。
東北大学工学部建築学科、セツ・モードセミナー卒。
日本のメンズファッション・イラストの第一人者。
『絵本アイビーボーイ図鑑』(講談社)、『大人の男こそ、
オシャレが似合う』(草思社)など著書多数。


posted by チロリン at 11:13| 弥生美術館・森本美由紀展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする